大判例

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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)82号 判決

原告 京人形協同組合

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨、原因

原告代表者は、特許庁が昭和三二年抗告審判第二、五九二号事件について昭和三五年七月一三日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告は、昭和三〇年三月一八日、別紙表示のとおり、縦長の方形輪廓内に「京人形」と縦書し、その右肩に「登録」、左肩に「標章」とそれぞれ縦書に記載して成る標章につき、第六五類人形を指定商品として、団体標章の登録出願をしたところ、特許庁は、同年商標登録願第七、三六三号として審査の結果、昭和三二年一一月一五日に右登録出願を拒絶する、との査定をした。そこで、原告は同年一二月一八日にこれに対する不服の抗告審判の請求をし、同年抗告審判第二、五九二号事件として係属したが、特許庁は昭和三五年七月一三日に右抗告審判の請求は成立たない、との審決をし、同月三〇日にその謄本が原告に送達された。右審決の理由の要旨は次のとおりである。すなわち、原告出願の標章中「京人形」の文字は、主として京都地方で製作される日本人形中のある種のもの、すなわち京都の風俗を象つた嵯峨人形、加茂川人形(賀茂人形、大八人形、木目込人形、柳人形)、御所人形(拝領人形、御土産人形、大内人形、伊豆蔵人形)等を指称するために普通に使用されているものであるから、ありふれた方形輪廓内にこの「京人形」の文字と「登録」および「標章」の附記的文字を普通に使用される態様を出でない書体で表わして成る右標章は、これをその指定商品人形に使用するときは、その商品が上記のような人形であることを表示するに過ぎないので、原告組合員の商品についてその他の営業者の商品とその出所を識別するに足る標識とはなり得ないものと認めざるを得ない、というにある。

二、しかしながら、右審決は、次の点において違法であつて、取り消さるべきである。

(一)  審決は、本件標章をもつて、出所を識別するに足る標識とはなり得ないものと判断したが、本件標章は、生産地たる京都を表わすための「京」の文字に商品名「人形」の文字を結合して成るものであつて、団体標章としての識別力のあるものである。要するに、次の諸点に留意すべきである。

(1) 「京人形」とは、商品である人形の生産地を表示したものである。

(2) 「京人形」といえば、何人にも京都伝統の人形を表わしているものと認識されている。

(3) 他地方では「京人形」の名称の人形が生産されておらぬ。

(4) 京都府、市では、その共同主催で京人形の製作技術講習会が開催されているが、他府県で京人形技術講習会は昔日より現在まで開催されてはおらぬ。

(5) 京都府下では中小企業等協同組合法によつて公認の組合が設立されているが、他府県では公認の京人形組合も、亦非公認の組合も皆無である。

(6) 人形の生産地には京都に京人形、博多(福岡市)に博多人形、岩槻に岩槻雛人形と岩槻童踊人形、奈良に奈良人形、東京に日本人形と、それぞれ組合が設立されている。また各都市の人形の製造業および販売業者の店頭には、たとえ店内では他府県で生産した人形を販売していても、他都市の人形の名称の看板は掲げられていない。たゞし京都市で京人形の看板のもとに人形が多量に販売されていることは、伝統の京人形と思われて購入されるのである。しかるに、そのうちには他府県で生産した真個の京人形でないものがあつて、一例をあげれば、岩槻人形組合の理事長の姪が修学旅行に京都を訪れ、京人形の看板を信用してみやげに人形を買つて帰つたところ、驚くなかれ、その人形は伯父のところから京都の人形問屋に卸売した人形であつたということがあり、これに類した実例は数々あるのである。こういう点よりするときは、商品に生産地を表示した標章を附することの必要があり、そのような標章は団体標章として十分識別力があるものである。しかも他に、信州味噌、小城羊羮、西陣縮緬等、生産地を表示した団体標章の先例がある。

(二)  原告は「京人形」の標章について独占的利益をおさめようとして、本件の出願をしたものではない。真個の京人形の生産、加工、販売を業とする者は中小企業等協同組合法第五条第一項第二号により法律上原告組合に加入することも脱退することも自由である。原告組合は中小企業等協同組合法に基き設立された組合であつて、同法の適用があることは、いうまでもない。

(三)  商標法施行法第三条によれば、旧法により取得された商標権は新法の商標権になつたものとみなされるが、新法の商標権は、新商標法第三一条により、他人に通常使用権を許諾することができることになつている。原告はもし本件標章の登録を得られゝば、その標章権を京都府、市に無償で譲渡して、府、市の選定による、真個の京人形の生産、加工、販売業者に、本件標章を使用させることも考えているのである。

(四)  原告組合が本件標章の登録を出願した主な目的は、真個の京人形を購入しようとする内外の観光入洛者と真個の京人形を生産する者とのために、京都市内および周辺において非良心的な販売業者が他府県で生産された人形を京都で生産された真個の京人形と呼称して観光入洛者に販売し、また輸出までしている弊風を是正し、購入者が安んじて真個の京人形を購入することができるようにすることにある。それがためには商標法の法の力によるほか、他に方法がないとして、本件団体標章の登録を出願したものであつて、決して独占的使用の利益を獲得しようというような考えでしたものではないのである。

(五)  特許庁係官が原告代表者に内示したところによれば、原告組合が別に京都に存在する京人形商工業協同組合と和解して、二つの組合が一つの組合に一丸となれば、京人形の団体標章は登録を許す、ということであつた。また、同府県内に同業の組合があるときは、合併して出願するのでなければ、団体標章の登録は許さないのが、特許庁の内規による取扱方針であるとも聞き及んでいる。しかし、前記京人形商工業協同組合なるものは、もと原告組合員であつた四人の販売業者が、他府県で生産した人形を京人形と呼称して販売しているため、定款の規定によりやむなく除名したところ、これらの四名が設立したのが右組合である。しかし、これらの業者であつても、将来他府県生産の人形を京人形と区別して販売するようになれば、いつでも原告組合に再加入してもらう約束をしたうえで、除名も快く了承したものであり、前記別組合の存在は原告の本件団体標章登録の妨げとなることはない、と考える。

第二答弁

被告指定代理人は、主文どおりの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の団体標章登録出願から、これが拒絶査定に対する不服の抗告審判の審決の謄本が送達されるまでの特許庁における手続の経過、および右審決の理由の要旨が原告主張のとおりのものであること、京人形が生産地を表示するかどうかはさておき商品名であることは認める。「京人形」といえば何人にも京都伝統の人形を意味するものと認識されているとの点は否認する。他地方で「京人形」の名称の人形が生産されているかどうかは知らない。京都府、市の共催で京人形の製作技術講習会が開かれたことは認めるが、他府県においてどうかは知らない。京都府下に中小企業等協同組合法による京人形の組合が設立されているが、他府県には、公認、非公認の京人形組合は存在しないことは認める、各都市にそれぞれ原告主張の名称の組合が設立されているかどうか、また業者の看板の点および京都の業者が京人形の看板で岩槻市で生産した人形を売つていたということ、その他これに類似の事例がある事実は知らない。また、信州味噌等原告主張の団体標章があることも認めるが、そのうち小城羊羮については無効審判が提起されている。

二、原告が本件審決の違法の理由として主張しているところは、要するに、「京人形」の文字が人形の種類を表わすものではなく、人形の生産地を表わすものであるから、団体標章としては、旧商標法第一条第二項の「特別顕著」なことの要件を具備している、というにあるもののようである。しかし、「京人形」の文字がある種の人形を指称するために普通に使用されている以上、原告組合の構成員がこのような文字を標章として使用しても、他の営業者の商品とその出所を区別することができないものと認めざるを得ない。

その他原告が主張するところは、本件抗告審判の審決が違法であるか否かの問題とは直接関係がないところであるが、商標法の力をかりて他の営業者の組合加入を強制しようという意図をもつて本件団体標章の登録出願をしたことを強調しているものであつて、中小企業等協同組合法第五条第一項第二号の法意をくぐろうとするものにほかならない。

結局、本件審決の取消の理由たるべきなんらの違法の点はない。

第三証拠〈省略〉

理由

一、原告が、昭和三〇年三月一八日、別紙表示のとおり、縦長の方形輪廓内に「京人形」と縦書し、その右肩に「登録」、左肩に「標章」とそれぞれ縦書に附記して成る標章につき、第六五類人形を指定商品として、団体標章の登録出願をしたところ(同年商標登録願第七、三六三号)、拒絶査定を受けたので、これに対して不服の抗告審判を請求したが(昭和三二年抗告審判第二、五九二号)昭和三五年七月一三日に右請求は成立たない、との審決がされ、その謄本が同月三〇日に原告に送達されたこと、および右審決の理由の要旨が、右標章中「京人形」の文字は主として京都地方で製作される日本人形中のある種のもの、すなわち京都の風俗を象つた嵯峨人形、加茂川人形、御所人形等を指称するために普通に使用されているものであるから、ありふれた方形輪廓内に「京人形」の文字と「登録」および「標章」の附記的文字を普通に使用される態様を出でない書体で表わして成る本件標章は、これをその商品が上記のような人形であることを表示するに過ぎないので、原告組合員の商品についてその他の営業者の商品とその出所を識別するに足る標識とはなり得ないものと認めざるを得ない、というにあることは、当事者間に争がない。

二、ところで、昭和三四年法律第一二八号によつて廃止された大正一〇年法律第九九号商標法(以下単に旧商標法という。)第二七条に定められた、いわゆる団体標章の登録については、通常の商標と同様に、その標章が特別顕著なこと、すなわち、取引上自他の商品を識別させるための指標となり得る能力をそなえることを必要とするものと解すべきことは、旧商標法第二七条第二項、第一条第二項によつて、明らかである。

そこで、別紙表示の本件標章の構成をみるのに、その縦長方形の輪廓はきわめてありふれたものであり、上部に二行に分けて書かれた登録標章の文字も、単にその標章が登録されたものであることを示す附記であつて、これらはいずれも自他商品の識別の上にさしたる意味のないものと考えられるから、本件標章の要部は、その中央に肉太に記載された「京人形」の文字にあるものといわなくてはならない。しかし、「京人形」が原告の主張するように、それが京都で生産されたことを表わすかどうかは、しばらくこれをおくとしても、ともかくそれが商品の名称であることは、原告も自ら主張するところであり、成立に争のない甲第三号証の一〇の口(昭和三五年七月京都市商工局発行、京都市における人形製造販売状況調査)によれば、御所人形、嵯峨人形、加茂川人形など、京都で作られた人形であるの故をもつて京人形の呼び名が生れ、江戸時代から京人形の名は京都の一つの象徴ともなつて喧伝されてきた事実を認めることができるので、ひつきよう「京人形」とは商品の種類を指称する普通名称であるというのほかはない。そして、本件標章において「京人形」と記載した書体も「京」の文字はゴシツク体、「人形」の文字はそれに楔形文字風を加味したもので、要するに通常の態様を出でないものと認むべきである。本件標章は、結局、人形を指定商品として使用されるかぎりその商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示するに過ぎないものであつて、これを原告組合員以外の営業者の同種の商品と識別させるための指標とはなり得ず、旧商標法第一条第二項の特別顕著の要件をそなえないものといわなくてはならない。(新商標法第三条第一項第一号参照。)そして、そのことはいわゆる京人形の名称が京都で生産されたものに限つて用いられるかどうかとは、おのずからかかわりのない問題であるといわなくてはならない。

三、原告は、本件出願が京人形の標章につき独占的利益をおさめようとする意図に出たものではなく、その主たる目的は真個の京人形を生産し、またこれを購入しようとするものに安んじてこれを生産し、また入手させるようにするにあることを、るる主張する。しかし、「京人形」が商品の普通名称であること、前記認定のとおりであるとすれば、「京人形」の文字のほかに何ら自他商品識別に関係のある要素を含まない本件標章が、原告組合員生産の京人形と他の営業者生産のそれとの区別の標識としての価値のないこと、多くいうまでもない。そして、いわゆる「京人形」の生産が原告組合員に独占せらるべしとすることについても、何らの根拠がない。もし商品の不正表示があれば、不正競争防止法によつて保護を求めることができるのであつて、必ずしも商標法による団体標章の登録をもつてしなければ、解決することのできないものとすることもできない。原告主張の信州味噌、西陣縮緬等団体標章の事例は本件について準拠すべき先例とするに足らない。

四、要するに、本件出願団体標章は、旧商法第一条第二項の特別顕著なることの要件を欠くものであつて、その登録は許すことができないものといわなくてはならない。これと同趣旨に出た本件抗告審判は相当であつて、何らの違法の点のあることを認めることができない。

よつて、右審決の取消を求める原告の請求を理由なしとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 入山実 荒木秀一)

本件出願標章〈省略〉

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